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自分流

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体の不調で病院に行き、沢山薬を飲むはめになりました・・・。

昨日は午前中に病院に行きお昼ご飯を家で食べて、病院からもらった薬を飲み、今までの人生の中で一番大変な思いをしました。



薬を飲んで安静にしていたら、なんだかお腹が痛くなって来て、どんどん激痛に変わり、冷や汗が出るくらい痛くなって転げまわり、

『誰か助けてー!!』

と何度も叫んで意識もうろうとなり、トイレで吐き下しました。
体が震えてきて、本当にこのままどうなるか・・・と恐ろしくなりました。




意識もうろうとする中で母に電話をしていたので、母が駆けつけてくれて母の顔を見ると安心して、徐々に落ち着きました。



夕方もう一度、病院に行き、薬の事をお医者さんに話すと、薬のなかの一部を止めるようにと言われ、夕飯時にヒヤヒヤの思いで実行し、朝を迎えました。





初めて死ぬかもしれないと思うくらいの激痛を味わい、体と心の事を思わずにはいられませんでした。



自分の思いの限界を超えるような意識の改革が、こんなにも体に負担を与えていて、結果病気になって病院の薬を飲んでも悶絶の苦しみで、生きてはいますが生死の狭間を彷徨ったような気持ちで朝が来た事が奇跡の様で、たかが海外に行こうとするくらいで・・・と思われると思いますが、絵で稼いで海外に行こうとする事は私にとって大きな大きな壁だったのだと思いました。


【絵は簡単にお金に換算されるものではない】

と強く強く心にあったのを悶絶の苦しみの後、思いました。




画家と民衆の間にはきっと大きな軋轢が大昔からあったのでしょうね。


宮廷お抱え画家ならまだしも、貧乏絵描きは食べれない事で泣く泣く筆を自ら折って行ったのだという事が生々しく感じられ、絵を蔑ろにした人達を恨んで死んで行った絵描きも沢山いたのだと思うと胸が熱くなって来て、そんな一人一人の画家たちのお墓に花を贈りたい気持ちになりました。




どうしても、どうしても、・・・・・・!

という切なる願いが心にあったのだと思い、他の人みたいには行かないようになっていたのだと、心の奥深さに恐れ入りました。




時代が早いとはいえ、自分のスピードを無視するとしっぺ返しに合うので、私はいくら時代が早かろうがなんであろうが、こちらに合わせて流れが来るようにしようと思いました。


スピリチュアルも何もくそったれ!!!です。



乗るか反るか、運を掴むか掴まないか、そんな事はどうでも良くて、自分らしく生きるために自分の思いを叶える生き方に焦点を置いて、神様の分け御霊である自分と言う存在なら何でもできると少々傲慢に思って生きる事の方が自分にとって必要だ!と思いました。




嬉しさ悲しさの大きな波に、サーフボードを使うか自力で泳ぐか浮き輪を使うか、どれを選んでも間違いではないのだと思いました。


宇宙が意識の変容を促しているなら、みんな平等にそれを受けているだろうし、その人なりの進むスピードで光に近付くのだと思います。




遅い速いは無い。



と私は腹の激痛を耐えた後に思いました。

ただ一人一人の心の問題を解決しない事には動けないし、解決したものがまだの人を追い立てる必要もなく、全て自分の行動や人の行動は神様と共にあって、最善を尽くされている。と無宗教のアホな日本人である私が言っても説得力はないですが、そう思うのです。




ということで私はこの病気と激痛の腹痛で非常に心に負担をかけて自分の殻を破ろうとしていたのだと気付きました。



でも、この苦しみは必要なもので、自分がもっと本来の自分に成る為の通過儀礼なのだと思います。




重い鉛がある人はデトックスが強烈なので、あまりお勧めしませんが・・・。



心の鉛がある人程、振れ幅の大きい、スケールの大きい器を手に入れるのだと思います。





人のやり方ではなく、デトックスも自分に合った方法がやって来るのです。
ヒヒヒ・・・。


でもそれすらも、あたかも恋人を受け止めるかのように受け止めよ!と岡本太郎は言うでしょうね。





自分の生き方、自分のやり方を追及する為に人は生きているのだと思います。



自分流。自分の流れ。



露わになる

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昨日友人と地元のスリランカ料理のお店に行きました。

驚いた事に、私が小学生の頃に大阪・鶴見緑地で開催していた、花と緑の博覧会(略して花博)でスリランカのコンパニオンをしていた方のお店で、そのスリランカレストランの電気工事を父がよく頼まれて行っていたので、よくスリランカの事を話していて、当時父はカメラに凝っていたので、スリランカの綺麗なコンパニオンさんもよく写真に撮っていた事を思い出しました。

私はフリーパスを作っていて、花博に学校帰りに遊びに行くくらい気軽に行っていました。


父はスリランカのレストランのオーナーのような人と仲良くなって、厚かましくよくカレーを食べに行っていました。
その父に

『カレーうまいぞ』

と言ってよく誘われましたが、スリランカと言う国はきっとカレーが辛いというイメージがあったので、一度も行きませんでした。




そんな過去を思い出す人物と出会えた不思議。

今の歳になってスリランカカレーを食べると、全然辛くなくて、スパイスの味が美味しいと思いました。
地元に友人や知り合いが来たら、是非今度誘おうと思いました。


このスリランカ料理のお店に誘ってくれた友人にも感謝です。
友人は私の過去のこんなエピソードがあるなんて知らずに誘ってくれたので、驚いていました。


去年もこの友人と地元の知らない雑貨屋さんに入ると、母と同郷だと言う人に偶然会いました。
この友人は私と誕生日が全く同じなので、そんなシンクロが起きるのだと思います。



そして、ここ数日、私は体に良いものを好んで食べています。

スリランカ料理に行こうと思ったのも直感で体に良さそうと思ったからでした。
直感どおり、スリランカのカレーはインドカレーみたいな強烈なパンチは無く、薬膳みたいで体に優しかったのです。

何故だか食べ物の一時的なアレルギーになって、スポーツ選手みたいに食事制限というか何というか、食べるものが制限されていて、まるでデトックス生活です。


夏場のアレルギーは結構汗とかで蒸れるので、治りにくいのです。

でも、作業場1階は冷房がないので、常に30度前後で何もしなくても汗が出るのに、版画のモノタイプをして滝汗です。



作業場1階は夏暑く、冬寒い、という当たり前と言えば当たり前な季節感溢れる環境です。

換気をしないといけない油絵とか版画なので、いつも窓全開です。




暑さの疲労で、自宅に帰ってくる自転車はヨロヨロ運転。

その繰り返しの8月です。




しかし本当言うと、今年入ってからの自分の行動や意識の変容は今までにないくらいのもので、殻が割れると書いて来ましたが、結構心に負担があり、気が付けば甘いモノばかり食べていたので、そのせいで体調がおかしくなったのだと思います。

アレルギー、心荒れすぎー、みたいな。



心に負担を与えるくらい自分の心の殻を割り挑んで来たと言えます。



抵抗しているものを無理やりある方向へ向かわせて急かせて、やっと自分で獅子の質を認めれたと思ったらアレルギー・・・。

心の状態は体に負担を与えていたのだと思います。




以前働いていた職場でも、朝職場に行こうとすると巨大な蕁麻疹があちこち出て大変でした。
職場に行く事が大きなストレスだったのですが、蕁麻疹くらいで休むな・・・と言われた事がものすごく辛かった。



人ってみんな歩く速度が違うし、問題を手放す怖さや不安があってそれを解決する速度も違うのに・・・と思う事が多いです。



体に出たアレルギーも自分の体の声だし、人と同じスピードでは走れないと言っている気がします。




今の私の本音と、魂からの本音、両極端の2つ。

上手く折り合いが付いて、心穏やかになった事って今年入ってから無かったなぁ・・・と思います。



芸術の車輪ばかりごうごうと燃え盛って動くのに、乗っている自分はその車輪のスピードに付いて行っていなくて、出来ればのんびりしたいと思っている。



普通の、ごくフツーに、好きな人と一緒にご飯食べたり笑ったりする日常が良いのに、こないだ時代の寵児のような存在に憧れているという設定の夢を見て目覚めて心が動揺してかなりざわざわしていました。



こんな苦しいギャップ。



自分が海外好きだったり、目立つ事が好きだったらどんなに良かったか・・・。




このギャップで苦しむ事も占星術のホロスコープは知っていたみたいで、今年から来年の11月までに生き方をガラリと変えるような変革が起きるらしいです。

雑巾絞りのように、心が両方に絞られているようなそんな心理状態です。





絵に対する自分の意識が、遥か昔から絵を描いていた絵描きさんの意識をも覆すような意識になろうとしている感じ。

解りますか?





今はアレルギーを治す事を考え、安静に過ごそうと思います。



絵画とは

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来年のカレンダーを作り始めました。
やっと構想が固まり、始動です。



i phoneで道端の草を撮っていたら、うっかり手を滑らせて落としてしまい、i phone画面の一部にヒビがはいりました。

それでも最初は落とした事に気にせず写真を撮っていて、あとで、あ!割れてる・・・と気付きました。

そんな強く打ち付けた感じではなかったのに、i phoneって結構見た目重視で壊れやすい気がします。
充電のコードも一年で壊れたし・・・。



ま、ここの所、恐竜の卵(深層心理)の殻も割れて来てるので、そのせいかもしれません。



最近、インスタのハッシュタグ(♯)を活用する事を心がけています。

ハッシュタグ検索はものすごいギャラリーに繋がるので、反応が今までの5,6倍はあり、驚くばかりです。



本当はその作業も面倒くさいのですが、いろんな人に発信しないといけないんだなぁと思うようになり、重い腰をあげました。

なので、前に載せた作品をまた改めてハッシュタグを付けて載せたりしているので、またこれかよ?!と思われるかもしれないですが、これも仕事の内です。




ですが本当に絵描きの頭の中には商売っ気がないので、自分を自分で奮い立たせるのは一苦労です。

みんなおそらく、自分の作ったものを売る時は多かれ少なかれ、ワクワクしたり売れて欲しいと思う気持ちでものを売るでしょう。



でも、私は未だに絵を売る事に抵抗があるので、絵がビジネスだとは思っていないのです。

お金のやりとりがある以上それはビジネスではありますが、絵や音楽や小説とか、芸術関係って自分の内面に値段を付けるような感じで、葛藤が大きいのだと思います。


電化製品を勧めて売る様に、壊れた機械を修理するように、そのやり取りでお客さんからお金を貰う父のようになれたらどんなに良いか・・・と思います。



いろんな人にアドバイスをしてもらっても結局は絵描きの自分が納得して判断して乗り越えないといけないので、芸術の先人達はこの問題に何百年と悩み続けてきたのだと思います。


私が好きな日本画家の田中一村は3年奄美大島の紬工場で働いて、3年制作に励み、また3年工場で働き・・・という事を繰り返していたようです。

片目で3時間ずつ、交互にものを観察するという驚異的な事をしていた彼だからこそストイックな生活が出来たのだと思います。




絵って一体何なのか・・・?

芸術って何なのか・・・?




と時々袋小路はまってしまいますが、こないだテレビで美輪さんが

『あのねぇ・・・芸術・・・音楽や文学や絵画ってものは、心を無くした時代にはとても必要なの!』

と言っていて、ものすごく心の靄が晴れました。




贅沢品や趣向品と思われがちですが、とても必要なもの!と美輪さんに言ってもらえて、嬉しくて泣きそうでした。




未だ解決できない悩みの種ではありますが、自分と周りとの矛盾もまた可笑しくて、可笑しい程に、自分が絵描きである事を痛感させられるのです。



【人には成れず、己は絵描き】


と天から言われているようで、誰も真似できないような絵描きの人生を生きるしかないと思ったりします。



たかがカレンダーでも商品とは言えないくらいの【絵としての価値】がある一つのものに仕上げようと思って今カレンダーを作っている最中です。


ポストカードだって、単にポストカードサイズの紙に絵を印刷しました!ではなく手で刷って手仕事の垢を残して、絵画の要素を入れるというもくろみで作っているのです。



私の絵へのこだわりは絵画の先人達へのリスペクトでもあるし、先人達の絵が飾られている美術館に人々の足を向けさせようという意図があるのです。


小さなポストカードから美術館への導入です。




前に、同業者の作家さんに、


『ポストカードなんてちっぽけなもん作って売ってもしゃあない』


と言われた事があります。

私は

『はぁ・・・?!今何言った?!』


とケンカ腰になりそうになりましたが、一生懸命に心をなだめました。



絵を見るお客さんに難しい理論や言葉を提示して、それでお客さんが

『絵って難しい!わけわからん!』


と言って多くの人が美術館やギャラリー離れしているのに、それを棚に上げて、個展してもお客さんが来ない!とぼやいて、ふざけんな!!と思いました。




つまり、自分からお客さんを遠ざけているのが、現代の美術だと思うのです。

お客さんに迎合するという事ではないですが、絵を純粋に見るという事に慣れてもらう事をしていないのに、何が現代美術や!!と私は思ったのです。

なので私はポストカードなどを作って、手に取りやすい形から絵画を浸透させようと試みているのです。



ポストカードの出来が良くても、生の油絵には負けるので、いったい油絵とはなんぞや?!と思ってもらいたいと思うのです。




そんなこんなで、絵画について熱くなってしまう自分は、もうそろそろ世の中に絵を認めてもらっても良いのではないか?!と偉そうに思ったりもするので、辞めれない所です。




私にとって絵画はまだまだ未知数で喜びいっぱいでは描かせてくれないものです。

永遠の片思いのようなものです。



自分に成る

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白黒写真が私は好きです。

大学の頃は写真部に入っていて、大学院の時も一個上のベルギー人の先輩にモノクロ現像を習いました。
上の写真は単に i phoneで加工しただけですが・・・

対象物の質が色に惑わされないで、素のままで像が露わになるので、白黒写真が好きです。




上の写真の木の置物は何年か前に自分で作ってポストカードを売る傍ら、木の雑貨も売っていました。

丁寧に木を切り、丁寧にやすりをかけ、ボンドで接着し、色を塗って、さらにやすりをかけて仕上げる。


こういう雑貨に値段を付けて売る事はなんら抵抗ないのですが、絵となると抵抗あり過ぎて、いつも売りたくないと思ったり、値段を付ける事が嫌になります。




こういう意識、ピカソや岡本太郎や田中一村に聞きたいです。



先日、占星術をしている人に私の仕事について聞くと

『スポットライトを浴びたい星があるし、毎月の家賃を気にして小さく縮こまってるガラではない。』

と星の配置が言っているらしく、誰に何を言われても違和感あったり抵抗していたのですが、その一文が妙に心にまっすぐ入って来て、



『ああ、これはけっこう自分が恐れている生き方の方を魂が求めているなぁ・・・』



と思いました。




つまり、典型的な ゲイジュツカ さんの生き方です。



一つの作品何万、何百万の世界に生きるゲイジュツカさんの生き方を私の魂は望んでいたのだと日に日に思うようになりました。




そんな大きな額を動かす絵描きになりたいと魂は思っていたのです。





確かに・・・・・・絵を売ってくれと言われたら、一枚たとえA4サイズでも100万以上でも少ない、と何様やねん!!と思われるくらいの事をさらっと思ってしまう思考があるのです。

・・・恐ろしい。




自分の一部のようなものを本当は売りたくないのに、売ってるんやぞ!こら!



といろんな人が聞いたら本当に何様?!と思うような事を心は思っているのです。

作品を引き換えにお金が入って来て生活費に回せる、という事は有り難い限りなのですが、どうも絵描きは自分から出た絵を手放したくないという気持ちが多いのです。





お客さんの喜ぶ顔を想像して作るモノとはどう考えても違っていて、

『ありがとうございます』

と言って商売のやり取りをする気持ちとは違うものが、制作意欲になっているのです。




これは占星術師でも占い師でも霊媒師でも解りえない所にある絵描きの魂から発しているものです。




獅子座の月がある事で、内面が獅子の性格ですよ、と言われても、6割は納得する所がありますが、残りの4割は実際に今を生きてる自分の感覚とは合わない所があるのだという事も解って来たので、実際に生きてる自分というものは神聖なものを孕んだ悪魔と言うかなんというか、主導権は自分が握っているのです。



自分次第で運命が変わるという事にも似ています。



生き方も、自分の生き方をしないで人の言うがままに生きていたら、それがストレスになります。






多かれ少なかれ、人の意見は人の眼鏡で見た意見なので、本当の決断は自分がしないといけないし、人がそれは難しい!と言っていても内なるものが強く求めるのなら、出来るのだという事も身を持って知りました。





私はとても大きな意識の転換期を迎えているのだと思います。

自分の選択で今が成り立っていて、離れないといけない人や場所があったり、求めないといけないものがあったり、と心の総入れ替えが起こっています。




頑張っているのに、あれせいこれせいと言われても私は出来ません。と以前の職場で上司に言ったらめちゃくちゃ怒られました。

頑張れない事を乗り越えるためにもっと頑張るのが普通や!と。



その人の基準で言われても、私の許容範囲を超えて頑張っていたので、私は頑張れなかったのです。





私的には有名になってスポットライトを浴びたいなんてちっとも思っていないのに、魂はそんな事を天体に込めて私をこの世に送り出した、なんて、なんてギャップだ!!!と悶え苦しんでいる私の気持ち、本当に解ってくれて私の一番の特効薬を与えてくれたのは、ジョンレノンが歌った歌詞にある motherMary のような存在でした。


今月の頭にそのmotherMaryが起こしてくれた奇跡はぐっすり眠れる、という安心感をくれました。




言いたくない事も言って、認めたくない事も認めて、自分がこれからどこに向かうのか未知数過ぎますが、誰でもない、自分の魂の声を素直に聞く事を続けようと思います。

それで嫌われても、文句を言われても、もうどうでもいいのです。



どうでもいいというのは諦めではなく、ある意味目標が定まったというものなので、外野を気にしないという意味です。





自分に成る。

カッコ良すぎる言い方ですが、それが目標です。





本音

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久しぶりにモノタイプをしました。

モノタイプは版画の絵具を使うのですが、絵具の粘り気を緩める為に油絵の溶き油を使ったりするし、絵具が油性なのでやはり油絵の感じに似た表現が出来ます。


私にモノタイプを教えてくれたのは版画をやっている友人で、彼女は木版や銅板やモノタイプなどいろんな版画をしている、版画が大好きな作家さんです。
華奢な体なのに中身はインド人なみに精神力が強くて、心の熱い尊敬する大好きな年下の友人です。
私の苦手な英語もペラペラだし、本当にみんなすごいです。




好きなものや好きな人がいるという事は、反対に嫌いなものや嫌いな人がいるという事でもあると思います。

私なんか結構嫌いな人がいます。




でも魚座なので嫌だと思っていても我慢したり相手に合わせたりして、切り抜けようとするのです。

それをすると家に帰って来てストレス爆発してしまうので、魚座であっても嫌な人には合わせないし、好きでもないのに
同じ時間を共有せず、距離を置いても良いのだという思いに沿って行こうと決めました。


国が別れているもの、ある意味それが適度な距離感を保つ最高な手段だと思うので、他の国に害を与えないように自国で楽しくして自分の意見を他の国に強要させないようにしたら良いだけなのだ、と最近のヤバイ世界情勢を見て思います。

無理に世界を一つの輪にしなくても、もう地球上に生きているだけで同じ地球人でベースは同じなのだと思います。


自分らしく生きて、その自分らしい生き方で相手を傷付けたら素直に

『あー・・・私ヘマしたんやな・・・ごめんなぁ』

と謝ったら良いのだと思いました。




ここの所、ずっとテレビを付けると戦争や原爆の内容のテレビで、イスラエルとパレスチナの戦いで犠牲になっている子供が

『大きな戦争から立ち直った日本の人達を見習って頑張りたい』

と言っていました。




その少女の言葉を、今の日本の首相さんや核を手にしている国々のトップの人に聞かせたいと思いました。



立ち直れた、と言うのはちょっと違うと思います。

上手く言えないですが、少女の言葉にやるせない思いがいっぱいです。



日本も沢山他の国の人達を苦しめて来たのだし、日本のトップは軍国主義を【戦争に負けないと認めれない】くらい狂っていたのだから、傷付け合わないと解りあえないバカヤロウばかりだったのだと思います。


大人の都合で子供の片足を爆撃で潰して良いわけないし、指揮官は黒い雨にも打たれない安全な場所で寝起きしているなんて、それこそおぞましい光景です。



出来れば核を武器に自分の主張が一番だと言っている人に、何千何万の尊い命の犠牲者達の霊魂が目の前に現れて一番大事な事を彼に教えて頂きたいです。

このお盆の時期にこそそれは出来るのではないかと思います。




嫌いな事は嫌いでも良いのだと思います。

距離を保って楽しく生きれるようになればいいなと思います。




80を超えた戦争経験者の方々の眼にもう一度閃光を走らせてはいけないのだと思います。

望んでいる事が目の前に現れているだけと賢者は言うのだとすると、多くの人が何故最悪の状況を引き寄せようとしているのか?




国と国、言語の違い、宗教の違いがあっても良いので、いつでも素直にゴメンが言えるようになりたいです。


そして心に無理を負わせず、自然体になれる場所を自分で作って距離を保つ。




その為には素直になって、まず一番の願いを叶えるために自分を動かす、という事なのだと改めて思います。

本音を認めて本音から出て来るものを叶える事をしたいと思います。


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michiko matsuguchi

Author:michiko matsuguchi
絵画的日常生活の日記です

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